【第12回:後藤コラム】「オーバーツーリズム」対策は観光地経営の成熟度を問う

政府が「オーバーツーリズム(観光公害)」への対応を重点課題として掲げている。観光客の増加は本来、地域経済の活性化をもたらす好ましい現象であるはずだが、特定の観光地に集中すれば、住民生活への影響、環境負荷の増大、観光体験の質の低下といった問題を引き起こす。
この課題は、観光地の人気や集客力の裏返しであり、同時に地域経営の「成熟度」を問う試金石でもある。


■ 対症療法ではなく「観光地経営」の問題

オーバーツーリズムの対応というと、来訪者の制限や交通規制といった“抑制策”が注目されがちである。しかし、それだけでは根本的な解決にはならない。問題の本質は「地域の収容力と観光需要のバランスをどう設計するか」という経営の視点にある。

DMOが果たすべきは、混雑を抑えることそのものではなく、地域全体で観光需要を最適化し、持続可能な形に整えることである。
そのためには、観光客の動線、宿泊動向、消費行動を可視化し、時期・場所・体験価値の分散をデータに基づいて設計することが必要になる。


■ 対話と共創による「合意形成」

オーバーツーリズムの議論では、観光客と住民の対立構図が描かれがちだが、DMOの役割はその対立を調整することではない。むしろ、地域全体で「観光をどう続けていくか」を合意形成する場をつくることにある。

たとえば、観光地の中心部だけでなく周辺地域を含めた「滞在価値の再配分」や、「混雑時期を避けた旅行需要の創出」などを議論し、地域住民・行政・観光事業者が同じ方向を向ける環境を整えること。
このような“形成的相互作用”を繰り返すことで、対立ではなく共創の文化が根づく。それを促す場づくりこそ、DMOの機能の核心である。


■ データに基づく「観光需要のマネジメント」

オーバーツーリズム対策の実行には、データ活用が不可欠である。
宿泊統計、入込数、交通データ、SNS投稿、決済データなどを重ね合わせ、どのエリアで、どの時期に、どの層の観光客が集中しているのかを正確に把握する。
これにより、混雑分散だけでなく、地域の消費機会を増やすための戦略的な誘導が可能になる。

たとえば、観光客を分散させることは「入込数を減らす」ことではなく、「体験価値を地域全体に広げる」ことに等しい。DMOはその仕組みをデザインする立場にある。


■ 自主財源とガバナンスの観点から

オーバーツーリズムの対応は、規制だけでなく運営と財源の設計が問われるテーマでもある。
観光客の利用料(入山料、環境協力金など)を活用し、その財源で地域環境や交通インフラを整備する仕組みが広がりつつある。
ここでも重要なのは、徴収の正当性と使途の透明性を確保することである。
ガバナンスが機能していれば、観光客も地域住民も「この仕組みなら納得できる」と受け止めることができる。


■ DMOの本質的な役割

オーバーツーリズムの問題は、観光が“成功しているがゆえの課題”である。
だからこそ、DMOの本質的な役割は、観光地の人気を維持しながら、地域の生活と観光の調和を実現することにある。
データに基づくマネジメント、対話による合意形成、ガバナンスと財源の透明性――これらを一体として機能させることが、観光地経営の成熟を示す指標である。


■ まとめ

オーバーツーリズムは、観光の「量」ではなく「質」を問う時代の象徴である。

● 抑制ではなく最適化へ

● 対立ではなく共創へ

● 感覚ではなくデータへ

● 短期対応ではなくガバナンスへ

こうした転換を実現できるのは、地域の中立的な旗振り役であるDMOにほかならない。
今後の観光政策の中心には、「成長」と「調和」を両立させる観光地経営の知恵が求められている。

株式会社makes 代表取締役 後藤 直哉

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